平安時代の延喜式に「駿河より紙を貢ぐ」とあり、それから約300年後の鎌倉時代においては幕府御用達の紙の中に「駿河半紙」の4字があると記載されています。
江戸時代文化年間(西暦1,800年頃)には富士地区特産である三椏を原料として駿河半紙をすき、江戸や京都、大阪において好評を博したとされています。その後、吉原地区では原料の三椏が量産栽培され、豊富に湧出する水を利用して製紙業が普及していきました。
明治時代には富士地区(旧吉原中心)を中心に県下に中小製紙会社が続々と誕生し、紙の黄金時代が築かれます。その後も紙需用は拡大を続け、富士市は紙のまちとして発展を続けています。
富士市には60社(70工場)の製紙工場があり、全国一の規模です(平成22年4月現在)。平成20年中に富士市内で生産された紙・板紙の総生産量は3,412,046トンで全国生産量の11.1%余りを占めており、私たちに身近な衛生用紙では全国生産量の25.1%を占めています。なかでも、トイレットペーパーは337,935トンで32.6%と全国一の生産量を誇っています。
協力:丸富製紙株式会社
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| 情報提供:サイエンスチャンネル |
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